善福寺バス旅行「行基菩薩ご遺跡めぐり」

6月27日、恒例の善福寺バス旅行を開催しました。いつもは法然上人二十五霊場を参拝するバス旅行ですが、今年は行基菩薩の生誕1350年を記念して、行基菩薩ご関係の地をめぐる行程を企画。善福寺は行基菩薩が開かれた墓地の一つと伝わります。今秋の五重相伝も「行基菩薩生誕1350年記念」として厳修することもあり、いま一度行基菩薩を顕彰する思いを込めてのバス旅行となりました。

  1. 喜光寺(行基菩薩ご入滅の地)
  2. 平城宮跡 朱雀門ひろば
  3. 久米田寺
  4. 昼食「梅の花 さかい利晶の杜店」
  5. 家原寺(行基菩薩ご生誕の地)
  6. 土塔(大野寺)

梅雨の時期ながら晴天に恵まれ、また外は蒸し暑いもののエアコンが快適なバスに揺られ、奈良市から岸和田市・堺市まで幅広く参拝。あまり有名ではないマニアックなお寺が多くなりましたが、その分なかなか訪れる機会のない場所であり、改めて行基菩薩の畿内一円に広がる功績を感じることができました。

 

喜光寺(行基菩薩ご入滅の地)

行基が養老5年(721)に創建。本堂は、東大寺造営の際に大仏殿の雛型として建てられたとの伝承から「試みの大仏殿」と呼ばれる。蓮の名所として知られ、6月中旬~8月中旬には250鉢の蓮が境内を華やかに彩る。 天平21年(749)、82歳で入滅。

「試みの大仏殿」と呼ばれる本堂

ご本尊は阿弥陀如来

副住職さまの楽しいご説明

境内には250鉢もの蓮があり、ちょうど見頃

100年に一度しか咲かないという「双頭蓮」

一つの茎から二つの花が咲く、吉祥のしるし

本堂裏にある行基堂

行基菩薩像の模刻がまつられている

 

平城宮跡

平城京の正面に復元された朱雀門

朱雀門から北側、第一次大極殿を望む

朱雀門ひろばに復元された遣唐使船

 

久米田寺

行基が開削指導したため池のひとつである久米田池を維持管理するため、天平10年(738)年に行基によって創建されたと伝えられる。永禄年間(1558~1570)の三好氏と畠山氏の戦火で焼失したが、江戸時代中期に再建されたものが今に残る。久米田寺所蔵の「楠家文書」などは国の重要文化財。4月21日は久米田寺の縁日で「21日のおだいっさん」と親しまれている。

「くめだでら」や「くめだじ」と読む

立派な山門

行基菩薩をまつる開山堂

開山堂の前の記念碑

行基菩薩が14年かけて開削した溜め池「久米田池」

「行基墓」あるいは「行基塚」と伝わる石碑

久米田寺の裏手の墓地にある

 

家原寺(行基菩薩ご生誕の地)

堺市西区にある高野山真言宗別格本山の寺院。本尊は文殊菩薩。地元では「智恵の文殊さん」として親しまれている。668年、和泉国家原村に行基が誕生。この生家はのちに行基が改築し、家原寺と名付けられる。家原寺には、今も行基菩薩の誕生塚が残る。
入学試験のシーズンになると、本堂の壁や柱が「合格・昇運・祈願」と書かれたハンカチで埋めつくされる。毎年1月最終日曜日の「大とんど」は有名で、勢いよく天に向かう高さ5mもの巨大な炎に無病息災を祈願する。

「えばらじ」と読む

家原寺最古の建造物である山門

本尊は文殊菩薩、「智慧の文殊さん」として合格祈願が絶えない

整備された誕生塚

境内にある大きな蓮池

 

土塔(大野寺)

堺市中区土塔町にある、大野寺に築かれた土製の塔。国の史跡に指定されている。神亀4年(727)年に行基によって大野寺が創建され、その際に土塔も築かれたとされている。大野寺は行基建立49院のひとつに数えられている。
遺跡は、一辺53メートル(180尺)高さ9メートル(27尺)に及ぶ、階段ピラミッドのような形状で、東西南北の正方位に位置し、13重の塔であったと推定されている。形態に類似性が認められる日本国内の遺址として、奈良市高畑町の「頭塔」がある。

行基菩薩が建立した49院の一つ「大野寺」の土塔

現在12段が復元され、手前には13段までの模型がある

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